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古民家を修理せよ②スノーボーダーな瓦職人

さて、急いで見に来て欲しい屋根の改修現場なのだが、急には来れないという瓦屋さん。

「実は今、北海道にいて・・」

 

ハイ?

そう、実は彼は冬はスノーボード、夏はダイビング、その合間に屋根工事を行うという、何とも幸せな職人なのだ。その名も北村瓦店。

彼のいい写真が無かったので、古民家調査に同行してくれた時の写真を載せる。

 

 

ちなみに、この話は、今冬の話であり、彼は北海道を満喫中であった。
しかも、スノーボード中の怪我で肋骨を折ったところだという。

ま、普通ならここでさっさと見切りを付けて、他の職人に頼むところだろう。
が、彼は単なる遊び人ではなく、とっても素晴らしい仕事をする瓦職人でもあるのだ。

 

 

北村瓦店との付き合いは非常に長い。

うちの親父が大工で、彼の親父も瓦屋。
その父親世代からの付き合いでもあり、彼には絶大な信頼を置いている。
そこまで丁寧にしなくてもいいんでないの?ってくらいに綺麗な瓦工事をやってしまう。

屋根工事というのは、実はかなり過酷な仕事だ。
夏は焼け付く瓦の上を歩き、冬は、寒風吹きすさぶ中で仕事をしなければならない。

しかし彼は、そんな屋根の上で、自然の風を感じて仕事をするのが大好きなのだという、何とも素敵な職人なのである。

 

 

だからお客様には了承を得て、彼が帰ってくるのを待つことにした。
屋根は、とりあえず雨は入らないようにしたので、まあ大丈夫であろう。

続く

 

 

 

 

 

古民家を修理せよ 雨漏り編

とある日の昼下がり、知り合いの方からのお電話。

 
「うちの家の瓦が何かおかしいので、見に来てくれ」

場所は白山町。近くなので、早速クルマを走らす。
現場は山あいの集落で、建物は、築70〜80年かくらいのこの辺りではよく見掛ける古民家だ。

屋根を見ると、たしかに棟がおかしい。

上に上がってみると、大きく崩れている。

これは、雨漏りして下地が腐っている、結構ヤバい状態だ。


実は施主さんは、ここを別荘代わりにしていて、普段はお住まいでないのである。
住んでいればすぐに気づいたであろう雨漏りも、気づかず放置すれば、ここまでひどくなってしまうのだ。
雨漏りの原因は、瓦が凍てて割れて、そこから雨が侵入していることによる。
古い瓦は凍て易く、凍てるとこのようにバラバラになってしまう。


屋根裏に上がって確認してみると、幸いまだ構造までは腐ってないよう。
これは不幸中の幸いだ。

 

 


しかし、あちこちから光が漏れていて、このまま放置するのは、大変に良くない。

 


応急処置にブルーシートを張る。

直ぐにでも工事に掛からせて貰いたいところだが、先ずはお見積りである。

棟が絡んでいるので、これは大掛かりな補修になりそうだ。

 

 

瓦工事なので、当然、瓦屋さんの判断を仰ぐべく連絡を入れる。

が、返事は、直ぐには見に来れないというのだ。

え、何で?

 

次回に続く。

 

 

 

 

四日市で古民家再生はじまる

最初にお話を頂いたのは、去年の夏頃。改装したい古民家があるので、相談に乗って欲しいとの依頼。

 

そこで、我ら古民家好きにより結成された“チーム古民家”が出動する事となった。

チーム古民家のメンバーは、リーダーのsigezo(設計)、K山(左官)、丹羽(大工)、そしてわたくしの計4人のメンバーからなる。今回は、大工の丹羽君が、アメリカへお堂を建てに長期出張中なので、その他の3人で向かった。

 

 


場所は、すぐ近くに全国的に有名なコンビナート地帯がある四日市市中心部。周りはマンションやビルが多いが、ポツポツと古い家も残る所だ。

 

敷地は、間口非常に狭く、いわゆるウナギの寝床。ニ間半の建物が幅いっぱいに建っている状況。ま、町家ではよくあるパターンだ。そして町家の特徴である、入口を入って中庭までの通り土間、そして裏庭、奥に離れが建っている形式。

建築年式は、それほど古くはなく昭和の戦後になってからなので、約80年く らいか。

ここのお父さまもお爺様も大工で、手前の母屋はお爺様、離れはお父さまが建てたとこの事。

さて、その建物、なかなかいい感じの古さだ。物置き場所として使われているので、沢山の荷物があるが、おおよそこんな感じ。

裏側から見た、の図。片流れ屋根、いい感じにやれて錆びた波とたん。

中の一部は、洋間に改造されている。

母屋2階から、中庭を望む。複雑な増築により、水周りが作られている。

離れ二階から母屋を見たところ。

 

 


母屋一階の座敷から中庭方向を見る、の図。

 

母屋二階は、落ち着いた和室になっている。

最後にオマケの1枚。こんなごきげんなヒノキ風呂があるのだ。

モデルはSigezo
つづく

先日の古材レスキュー その後


この写真は、先日古材を貰ってきた家の解体される前の写真である。

実はこの家は、僕も所属する津ヘリテージマネージャーズが、約1年前に調査していたのだ。自分はその時はあいにく参加出来なかったのだが、その時の調査報告書を、先日の古材レスキューに同行してくれた島村氏が送ってくれたので、ここに記そうと思う。


以下報告書による。

伝承によると、この家は元藤堂藩の別荘として建築された。そして昭和9年頃に、現在の場所に移築された。

調査で棟札は見付けられなかったが、野地板にあった墨書きには文化十二年(1815年)とあり、装飾が施された違い棚の裏に落款があり、作者が土佐光: 安永9〜嘉永5(1780-1852)と判明した。

そして間取りの調査では、玄関が無かったことから、移築する前は大きな建物の一部であっただろうと推測される。

以上のことにより、おそらく最初に建てられたのは江戸時代後期、今から約200年前らしいことが分かる。

なお違い棚は、胡粉と膠による伝統的な筆書き装飾らしい。これらは施主にて取り外され、保管されているとのことだ。

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