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タグアーカイブ 土壁,石場建て,三重の木,伝統構法

松阪の土壁の家⑦ 荒壁ワークショップの巻

次の工程は、いよいよ待ちに待った荒壁付け。

これは、去年の6月末くらい。ちょうど梅雨の中休みにうまく決行できた。


いちおう言っておくが、泥んこ遊びでは無い。しかし皆楽しそうだ。
家作りの重要な工程であるから、決して手を抜けないのだが、泥だらけになって泥を捏ねるのは何故だか楽しい。

参加した誰もが笑顔になってしまうこの荒壁練り。素足になって足で踏む。これによって土の固さ、水やスサの量を調節する。ずっとやっているのは結構しんどい。

日曜のこの日に出て来てやってるのは、小山左官とうちの大工と施主様。

そこへはるばると静岡から、助っ人登場!

その名を大工の北山さん。

静岡で、伝統構法の家作りにこだわってやっている大工の棟梁だ。彼の仕事は妥協を許さない。具体的には構造にとことんこだわる。とにかくでかい材料を使ってしっかりとした木組みをする。

そんな彼が、左官と大工の仲間をひき連れて来てくれた。これは心強い。

そして来てくれたからには、また此方からもお返しに行かねばなるまい。それが今週末にせまっている。
静岡遠征の報告は、来週アタマになるだろう。



荒壁は、片面づつ付ける。そして少し乾き始めたその時に、もう片面を塗り付ける。そうすることによって、両面の土が一体となり、より強固な壁となるのた。

そうして、荒壁塗りが終えたら、乾くまで暫く養生期間となる。土が乾いたら、次は大工工事だ。

ひとまず、小山さんお疲れ様!

松阪の土壁の家、建て前をする

《松阪の土壁の家 Part4》

これはちょうど1年前の話。

さて、構造材の墨付け、刻みがどんどんと進んでいくが、実はそれと同時に、鳥羽の土壁の家の準備も始まっていた。刻みが終わらないうちに、鳥羽の家の材料が工房にどっと入ってくる。

そして建て前は、5月末日と決定、そしてそのすぐ後6月1日に鳥羽の家の建て前も決定するという、とてつもなくハードなスケジュールとなった。どちらも梅雨に入る前ギリギリである。

そして、ようやく迎えた建て前の日。

まず初日は、下組みをする。伝統構法な建物は、木組みが複雑なので、まず寝かした状態で組めるところを組んでしまう。

そして2日目、前日に組んだものを、クレーン車で順番に起こしてゆく。この過程は、大工として最も面白いところである。


そしてこれらは、屋根の登り梁。合掌梁とも言う。この松阪の家の見せ所でもある構造材だ。これを入れる事により、よりシンプルで美しく、そして小屋裏が使い易い架構となる。


これはお楽しみのお昼時間。今回は、いつもの大工メンバーに、木の家ネットの仲間である、滋賀の宮内建築にも来てもらった。宮内さんちは、こだわりの木組みの家、とりわけ石場建ての新築も結構手掛けていて、僕としては、今回の自信のある家を是非見に来てもらいたかったのだ。


そうして屋根まで完成。ここまで4日掛かった。木組みの家にしては早い方だろう。

さあ、次はいよいよ土壁。左官屋さんの出番である。

つづく

松阪の土壁の家 つづき

随分と間が空いてしまったが、松阪の土壁と石場建ての家のつづきを書く。

前回は、ヨイトマケが済んだとこまでだったはず。

そしてこの様な、石を並べた基礎が出来上がった。どう見ても遺跡の様。これは、去年の4月頃の写真。

(因みに、現場は去年の秋に完成し、国産薪ストーブも付いて、お客様が暮らし始めてます。)

さて此処からが、大工達の腕の見せ所。石場建てと言って、柱をまず石に建てる構造。当然、通常とは全然違う、非常に技術も要るし、手間も掛かる、しかし好きモノには堪らない、ある意味ヘンタイ的な建物だ。

伝統建築には欠かせない、丸太の地棟も使用。用意したのは、よく乾いた国産松丸太。

写真に写ってる丸太の傍らで、睨みを利かせて、、じゃなかった、仕上がりを確かめてるのは、この家の墨付けを担当した前田。大工仕事から建具作り、果ては板金工事までこなすマルチプレーヤーである。

そして刻みは、仲間の大工に応援を頼み、どんどんと進んでいく。

社長のわたくしは、段取りに専念、そして職人が迷わず仕事を進められる様に、細部に至るまでの納まり図作成に専念。

実はこの時、もう一軒の新築の刻みも同時に進んでいて、木神楽史上初めての、建てまえ二連ちゃんを迎えることになるのだ。

つづく

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