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家作りとは、そもそも

《家作りについて Part1》

家作り今日は木神楽の家作りについての話。

そもそも家とは何かを、改めて考えてみた。

人間が生きていくうえで、最も大切な三要素、「衣・食・住」。

服を着て、食べ物を食べ、住まいに住む。そのどれも生きるのに、必要最低限欠かせないものだ。あ、何処かのジャングルでは、裸で暮らしてる人達もいるようだから、地域によっては服は必要ないのかもしれない。

 

しかし、ジャングルの中でも、住みかはあるだろう。雨露をしのぎ、安心して寝られる場所を確保する必要が有る。これは動物であろうと虫であろうと、生きる為に持っている本能的なものだ。人間の住まいも最初は単に洞穴、もしくは草や木の枝の屋根だけだったであろう。それが段々と知性がつき、文明が発展する中で、家の役割りも大きくなり家自体も発展してきた。

 

つづく

モバイルハウス、風に乗る

《スモールハウスpart4》

(注)この出来事は、2年前です。

そして出来上がったモバイルハウスを、さっそく現場に運び、使用することにした。現場はその時取り掛かっていた美杉町の『日本料理 朔』建築現場だ。和歌山から長期出張中のK山さんの荷物も一緒に運び込む。これで朝起きたらすぐ仕事できるし、仕事が終わればすぐに寝れる。木神楽がブラック企業で、寝る時間以外働けとか、そういう訳では決して無い。

休憩時間、軽くイメージ写真を撮影。冬の小春日和、暖かい日差しを受け、リラックスする施主さま。しかし、この後、とんでもないことが起こった。

にわかに雲行きが怪しくなり、日は陰り風が吹き始める。この山間部の冬の天気ではよくあること。そして勢いよく突風が吹いた次の瞬間。

 

忽然と消えたモバイルハウス。

正確には、風に吹き飛ばされたのだ。余りに一瞬の出来事であり、押さえるとかそんな暇は無かった。

 

ちょうどこの場所の裏側は、ちょっとした崖になっていて、その下までモバイルハウスは吹き飛ばされたのだ。ちなみに小山さんは無事だった。見るも無惨なモバイルハウス。扉はちぎれ、外れた屋根の上には荷物が散乱。

しばし呆然と眺める。本当に怪我とか無くて良かった。下の道路に誰かいたらそれこそ大変だ。そしてみんなでK山さんの荷物を拾い集め、元の位置に戻す。

よく見ると、骨組みが一部折れてはいるが、対して壊れてい無い。数メートルの高さから落ちてこの程度の損傷なら大したものだ。さっそく弟子の桝屋に補修させ、そして今度はしっかりと固定し、お施主さまに入っていただく。

突風のあと、降ってきた雪であっという間に一面銀世界となった。トタン一枚貼っただけのハコの中でK山さんは寝られるのか?!  それは大丈夫。彼は、冬の富士山頂でも寝られるモンベルの最高級ダウンのシュラフを持っているので、何も心配はいらない。

今回の出来事で、軽量化に成功し、なおかつ丈夫だということが実証された。そして、さらに同じ規格で第2号が作られることになる。

つづく

モバイルハウス登場する

《スモールハウスpart3》

(注)この話は、2年前の事。

さて、サルシカ隊の軽トラキャンパー事業が挫折してしまい、傷心の我らだったが、そこに新たなる課題が飛び込んで来た。
今度のは、軽トラの荷台に載せるキャンパー、というよりハコである。そして前回の反省を生かして、如何に軽く、そして手間を掛けずに作るか、に重点を置くことになる。

今度のオーナー、つまり発注者は木神楽の主要メンバーでもあるK山左官。

K山さんは、その土地の土、地に生えてる竹など、そこにある地のものを使い、壁を塗る左官職人だ。木神楽の木と土壁の家は、彼無くしてはあり得ない。

そして、彼は和歌山県からきているので、こちらに居るとき用の家が欲しいとのこと。

家=安くて小さいのでいい=持ち運びできるといい=軽トラに載せよう! ということで製作決定。


そして先ずは、綿密?な設計図面を作成した。彼が中でギリギリ寝て、立てる、そして軽トラの荷台に載る大きさ、さらに中の換気、コスト、使い易さ、それらを総合して、最高のパフォーマンスを発揮するカタチが浮かび上がった。

予算はあまり無いので、すぐに製作に取り掛かる。骨組みは前回のキャンパーと同じく45mm角の杉材。しかしここからが違った。とにかく軽くするために、余計なものは張らない。ここに直接、外装のガルバリウム鋼板を貼ることにした。

 

ガルバリウムの色は、単純にカッコイイからという理由で、黒を選ぶ。カッコイイことは大切なことだ。

 

そしてあっという間に完成!


一見ただの黒い大きなハコ。しかし…


前面の開口部が、開くと


この様に快適な空間が生まれる。

床は、有り合わせの杉板。前面の入り口は、はね上げれば庇代わりになる。屋根は、固定せず自由に取り外せるフタ。

天井が開くようになっているので、中で小さく火を焚くことも可能だ。

そしてこれをロケーションの良い所に運び、加納カメラマンに撮影してもらった。それがコレ。

モバイルハウスProduct1

さすがプロのカメラマン、素晴らしい写真が出来上がったきた。実物はもうちょっとしょぼいんだけど、まあいいか。そしてこの写真を見たNAGIの編集長から連絡があり、NAGI61号に掲載される。

 

そして、さっそく使用されるのだが、大変なハプニングが起こる。それは次回。

先日の古材レスキュー その後


この写真は、先日古材を貰ってきた家の解体される前の写真である。

実はこの家は、僕も所属する津ヘリテージマネージャーズが、約1年前に調査していたのだ。自分はその時はあいにく参加出来なかったのだが、その時の調査報告書を、先日の古材レスキューに同行してくれた島村氏が送ってくれたので、ここに記そうと思う。


以下報告書による。

伝承によると、この家は元藤堂藩の別荘として建築された。そして昭和9年頃に、現在の場所に移築された。

調査で棟札は見付けられなかったが、野地板にあった墨書きには文化十二年(1815年)とあり、装飾が施された違い棚の裏に落款があり、作者が土佐光: 安永9〜嘉永5(1780-1852)と判明した。

そして間取りの調査では、玄関が無かったことから、移築する前は大きな建物の一部であっただろうと推測される。

以上のことにより、おそらく最初に建てられたのは江戸時代後期、今から約200年前らしいことが分かる。

なお違い棚は、胡粉と膠による伝統的な筆書き装飾らしい。これらは施主にて取り外され、保管されているとのことだ。